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松江地方裁判所 昭和34年(わ)56号 判決 1960年1月08日

被告人 金海容俊こと金容俊

大八・一・一〇生 土工

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中二〇〇日を右本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三四年五月一二日夜、肩書住居たる那賀郡金城村大字上来原諸岡飯場で、土工仲間である鍋島勉、佐古文男外一名と共に飲酒した上就寝した際、傍の鍋島と佐古が話をしており、その話声が耳について寝付かれないので、これを制止したところ、これに腹を立てた鍋島がいきなり立ち上り、土間に下りて入口付近でたがねを掴んで振り廻し、被告人に対して出てこいといつて喧嘩を挑んだので、被告人も直ちに起き上り、傍にあつた一升びんの空びんを掴んだが、直ちに、佐古が被告人を制止して右空びんをとり上げ、一旦は被告人も気を鎮めたものの、なおも鍋島が被告人をののしり、更に、右空びんを被告人に投げ与え、重ねて喧嘩を挑んだので、ここにおいて被告人は、憤激の余り、反撃の決意をなし、先ず、鍋島の様子をうかがつた上、いきなり空びんの首をつかんでこれを割り、続いて、土間入口附近の鍋島に向つて飛びかかり、鍋島の振り下すたがねを避けながら、右空びんの割れた部分で同人の頸部を一回突き刺し、よつて、同人をして頸部動脈損傷による失血により、程なく同所において、死亡するに至らしめ、

第二、かねてから、外国人登録原票に登録されている朝鮮人であるところ、昭和三三年三月二八日より、法定の登録証明書切替交付申請手続をなさなければならなかつたのに拘らず、これを怠たつた儘、山口、島根各県下を転々居住し、本邦に在留したものである。

(証拠)(略)

(累犯となるべき前科)

被告人は、昭和三三年一月七日、岡山地方裁判所において、外国人登録法違反の罪によつて懲役四月に処せられ、当時右刑の執行を受け終つたものであつて、本件は、いずれも右執行終了の日から五年内の犯行に係り、この事実は、法務事務官中野正勝作成の前科照会に対する回答書及び被告人の当公判廷における供述によつて明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、第一の点は、刑法第二〇五条第一項に、第二の点は、外国人登録法第一八条第一項第一号、第一一条、昭和三一年五月七日法律第九六号による同法附則第二項に該当するところ、第二の罪については所定刑中懲役刑を選択すべく、被告人には前掲前科があるので、刑法第五六条第一項、第五七条を適用して、それぞれ再犯加重をなし、以上は、同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条に則り、重き第一の罪の刑に法定の加重をなし、且、同法第一四条の制限を施した刑期範囲内で、被告人を懲役四年に処する。次に、同法第二一条を適用して、未決勾留日数中二〇〇日を右本刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して、被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

一、判示第一の事実に関し、本件起訴状中、公訴事実欄の訴因としての記載が不完全であるから、本件公訴提起の手続は、憲法第三七条、刑事訴訟法第二五六条第六項に違反し、無効である旨主張する点について。

成程、昭和三四年六月二日起訴に係る起訴状中公訴事実欄の記載をみるに、本件犯行の際の客観的事実全部につき、これが詳細なる記載のないことが明らかであるが、傷害致死罪としての訴因の特定につき、欠けるところがあるとは認められないので、右主張は採用することができない。

二、判示第一の事実に関し、仮に、公訴提起の手続が無効でないとしても、本件においては、正当防衛が成立し、被告人は無罪である旨主張する点について。

併しながら、被害者鍋島が喧嘩を挑んだのに対し、被告人において、憤激の余り、反撃の決意をなし、先ず、鍋島の様子をうかがつた上、本件犯行に出でた経緯、情況が判示認定のとおりである以上、所論にいうが如き正当防衛の成立する余地は全くないので、右主張は、到底これを採用し難い。

三、判示第二の事実に関し、本件起訴状中公訴事実欄には、被告人の前科に関する記載があり、これは、刑事訴訟法第二五六条第六項の規定に違反しているから、本件公訴提起の手続は、無効である旨主張する点について。

成程、昭和三四年六月一八日起訴に係る起訴状中公訴事実欄には「昭和三三年一月七日岡山地方裁判所において、登録証明書の切替手続をしないで、その有効期間である昭和二七年一〇月二八日をこえ本邦に在留した事実により懲役四月に処せられ、同月二二日これが確定し、同年三月二八日刑の執行を受け終り山口刑務所を出所し」との記載があり、これが訴因そのものの内容をなすものでないことは明らかであるが、一面、被告人に対する本件外国人登録法違反被告事件が右前科の刑の執行終了に引き続く新なる切替交付申請手続をなさない状態について起訴されたものであり、起訴状中公訴事実欄の右記載部分も、唯単に、慢然記載されたのではなく、一に本件犯行の始期を具体的に表示せんがため記載されたものであることは、右記載自体に徴しても明らかであつて、右記載が稍々詳細に過ぎ、いわゆる余事記載であるとの譏は免れないとはいうものの本件違反事実と密接な関係のある右記載部分を捉え、直ちに、これを以て裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のあるものと解するのは相当でない。要するに、右記載部分のあることを理由として、刑事訴訟法第二五六条第六項に違反するものということはできないから、結局、右主張もこれ亦採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 組原政男 西村哲夫 道下徹)

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